2014年10月29日水曜日
シェルパと石川直樹
〜石川直樹「シェルパの魅力に取り付かれて」〜
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それにしても、それほどまでに石川さんが惹かれる「シェルパ(※1)」の魅力とは、何なのだろうか?
石川「カッコいいな、と。たとえばマカルーに登ったときに、頂上直下で日の出を待っているとき、一緒にいたシェルパが『ちょっとタバコ吸っていい?』ってぼくに聞くんですね。自分は、サミットプッシュ(※2)の日に食糧は何を持っていくか、どのポケットに何を入れるか、もちろん重さのことも気にして細心の注意を払って緊張していくわけです。なのに、彼らの胸のポケットにはタバコが入っていて、頂上直下で一服する。タバコは持ってきているのに、水は凍らせて飲めなくなってしまって、『ナオキ、ノドが渇いたから水をくれないか』なんて言われたり。僕はそれを見て、この人たちは8,500mでも村で暮らしているときも同じ感覚なのかな、と思った」
山に登る動機そのものが、一般の登山者とはまったく異なるシェルパたち。そんな屈強なシェルパが、ぽろりと「エヴェレストに登頂することなんかより、冬場のヤクの世話のほうが、ずっと大変なんだ」と話すとき、石川さんの心はグッと彼らに惹きつけられる。そして、彼らの生活のようすや、彼らの文化をもっと知りたいという気持ちが、ヒマラヤの山嶺へと向わせる。
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世界のことを知るために、山に登ったり川を下ったりしているだけだと言い切る石川さんだが、そうは言いつつも、8,000m級の登山の楽しさは、もちろん感じている。体をぜんぶ使い果たすというこの感覚は、水平方向の旅では得られない充実感に満ちているという。
石川「暑かったら冷房をつけて、寒かったら暖房をつけて、というように、周りの環境を変えることはできない。高所順応なんていう行為を考えてもわかるように、自分が変わっていかないと前に進めないっていうのは、独特の旅のありかたです。そして、自分の弱いところも強いところも全部わかる。そんなことは、登山でしか体験できませんよね」
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来年(2015)は、8,000m峰の5座目となるK2への遠征を計画中の石川さんだが、予定では知り合いのシェルパたちも同行するという。
石川「ネパールの自分たちの住んでいるクーンブ地方の山ばかり登っていたシェルパたちが、パスポートを取得してパキスタンの山まで仕事をしに行くわけですから、それはちょっと興味深いですよね。果たして、知らない山でしかも異なる宗教の国で、彼らはそのこと自体をどれだけ楽しんだり、実力を発揮できるのか。チベット仏教の土地からイスラム教の国へ行くわけですから、地元の人々とどんなふうに交流するのかな、とか」
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石川さんにとって初めての一人旅は、高校生のときに訪れたインドだった。読書が好きだった石川さんは、そのころ読んだ本に影響を受けて、旅に憧れる少年だったという。
石川「植村直己の『青春を山に賭けて』や、小澤征爾の『ボクの音楽武者修行』などを読んで、自分もいろいろなところへ行って、いろいろな人に会って、いろいろな景色を見てみたいと思っていました。たぶんその頃から、未知のものに出会える『旅』というものに惹かれていったんだと思います」
自分を何かに例えるならば、「獲物を狙って撃ち落とすハンターではなく、池に釣り糸を垂らして待っている釣り人タイプ」なのだそうだ。
石川「水の中は見えなくて、デッカイ魚が釣れるかもしれないし、メダカが釣れちゃうかもしれない。はたまた空き缶が引っかかるかもしれない。でも、もしかしたらその缶が200年前の珍しい缶かもしれない、みたいに思っています。何が飛び込んできても、興味がないと切り捨ててしまわないで、ぜんぶに扉を開いていると、向こうからいろいろやってくるんです。逆に、これしかないって思いつめていると、結局そこにたどり着けなかったりするんですよ」
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※1「シェルパ」:
シェルパとは、現在はヒマラヤ登頂を目指す登山隊の登山ガイドという意味で使われている。シェルパとは、本来はシェルパ族のことである。彼らはチベット語で「東」という意味があるように、もともとチベットに居住していたが17~18世紀頃にネパールに移住してきている。今はネパールでは少数民族の1つとされている。シェルパ族の人々は高地という過酷な環境に住んでいるため体が高地に順応していることもあり、彼らの身体能力を生かして荷物運びとして外国人登山隊に雇われるようになり、現在では、ヒマラヤ登頂を目指す、登山隊の登山案内や荷物を運んだりしている。この登山ガイドの仕事はシェルパ族の人々にとっては高収入であり、
生活のために登山ガイドを目指す人々が多いが、ヒマラヤ登頂や下山途中で命を落とす人も少なくない。命を落としたシェルパには残された家族もいて、彼らをサポートすることも課題になってきている。なお最近はシェルパ族以外の他民族の登山ガイドもシェルパと呼ぶようになってきている(初心者のための登山用語)。
※2「サミットプッシュ」:
アタック(英語:attack)とは、ヒマラヤなどの高峰などで最終キャンプ地から頂上を目指して行動することをいう。または、困難な登攀を伴う登頂のことを指す場合もある。ただ、アタック(attack)は、本来は「攻撃する」という意味であり、近代登山がアルピニズム精神論とともに日本にはいってきたときは、イギリスでもアタックを使っていたが、現在ではイギリスでもアタックという言葉は使われなくなっており、世界では「サミット・プッシュ(Summit Push)」が使われている。サミット・プッシュとは、自分の体を自分で頂上まで押し上げる、という意味である。自然の象徴である山に対して攻撃を意味するアタックを使用するのは、自然に行かされている人間のおごりであると、みなされているのである。実際に名だたる登山家の中には、アタックという言葉はあたかも山を征服しにいくかのようであり、ふさわしい言葉づかいではないと考える人も多い(初心者のための登山用語)。
出典:岳人 2014年 11月号
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