2014年8月24日日曜日
熊撃ちの”譲り”、剣鉈(けんなた)
〜BE-PAL (ビーパル) 2014年 09月号より〜
ひときわ存在感を放つ「剣鉈(けんなた)」を手にすると、高柳盛芳さんは目を細めた。
「爺ちゃんが型をつくり、鍛冶屋に打たせたものだ。熊撃ちは一子相伝っていってさ、爺ちゃんが死んで親父へ。親父は元気だけど猟をやめたから俺によこしたんだわ。それは代々の”譲り”なのさ」
棒きれでも放るような口調に愛がにじむ。
「米が育たない土地で、唯一の現金収入が熊撃ちだった。熊の肝は金と同じ価値だったからね。そうして築き、伝えられた文化を、俺の代で終わらすわけにはいかないべ」
狩猟の際、肌身を離さないという剣鉈。
道なき山をゆく猟では、複数の刃物はもてない。薮を払い、熊の皮を剥ぎ、解体し、岩魚をさばく。それぞれに適した刃物はあるが、それらを一本でこなせるのは両刃の剣鉈だけだ。
愛用の剣鉈は、日本刀と同様、玉鋼と地金を合わせて鍛造。通常の鉈が刃の重みでぶった切るのに対して、軽さと切れ味が持ち味だ。この一本を頼りに、男は熊を追う。
「昔は鉄砲の性能が悪く、熊は近づけて撃て、なんて言った。そんな鉄砲が鳴らなかった時の護身にも、剣鉈を使ったんだよ」
今よりずっと雪深い時代、外からの救助はあてにできないため、怪我や出血は即、死を意味した。高柳さんは考える。「その精神力に、俺たちが学ぶことはたくさんあるよ。山行きは生と死の狭間をいくこと」。
そんな高柳さんの元には、狩猟を志す骨太の若者が集う。そうして、これはと見込んだ若者には、手元にある一番いい鉈を渡す。
「狩猟文化の継承者たる気概をもてと言ってるよ。それが”譲り”だからね。そうして刃物を受け渡すことで、奥利根にはこんな文化があったという事実が伝わるだろ」
出典:BE-PAL (ビーパル) 2014年 09月号 [雑誌]
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