2014年8月26日火曜日

なぜ犬はウンコを食うのか? [角幡唯介]




〜話:角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)〜



今年のグリーンランド行は犬を一匹連れて行った。犬を連れて行ったのは、白熊が現れたときに番犬として働いてもらうためである。以前、北極圏を2ヶ月ほど歩いたとき、白熊が二回ほど就寝中のテントにやって来て、嫌な思いをしたことがあった。犬ならきっと吠えてくれるだろう。

犬と長い時間を共にしていると、思わぬことが次から次へと起こって面白かった。旅をはじめてホームシックにかかったり、その日の気分によって全然働かなかったり、明らかに私のことをナメているとしか思えない顔をしたり。



犬を見ていちばん不思議だったのは、「どうしてあいつらはあんなにウンコを食べたがるのだろう」ということである。

出発してしばらくの間、とにかく犬は私のウンコを食べたがった。朝食の後に便所穴で用を足し、上から雪をかぶせて穴を閉じるのだが、犬は必ず撤収作業中にその場所を嗅ぎつけ、猛烈な勢いで掘り返してバクバクと食べてしまうのだ。

ドッグフードには見向きもせずに、私のウンコには物凄い勢いで興奮して駆け寄ってくるのである。これは困る。ウンコに味をしめてそのままドッグフードを食べなくなると、荷物が全然軽くならないからだ(橇には40kgものドッグフードを積んでいた)。



不思議なことにこの犬、私のウンコはバクバクと食べようとするくせに、自分のウンコに対しては非常に潔癖だった。普段はなるべく自分の寝場所から離れたところにウンコをしようとする。自分のウンコを食べないところを見ると、自他に関して何らかの区別はつけているらしいのだが、その基準がよく分からない。

そんな犬の姿を見ているとどうしても、ウンコっておいしんだろうか…という疑問がわいてくる。そこで試しに私もスプーンですくって食べてみたのだが…、というのはさすがに嘘だが、ウンコを食べられたら北極を歩くのは楽になるだろうなあ、ということは実際に思ったりした。

自分のウンコは無理にしても、北極を歩いているとカリブーや麝香(じゃこう)牛や白熊のウンコがごろごろしているのである。白熊のウンコが大量に落ちている場所に出くわしたことがあったが、近づいてみるとウンコはすでにカピカピに完全に乾燥しており、臭いを臭いでみると中華料理の乾物みたいでそれほど嫌な臭いはしなかった。そのとき私たちは猛烈な空腹に苦しんでおり、このウンコも食えるんじゃないかと正直少し悩んだ。



ウンコを食料にできる動物は、究極のリサイクル動物である。出しては食って、出しては食ってできるのだから、持っていく食料は一回あたりに消化して漸減するカロリーや栄養分だけでいいことになる。

犬や豚のように人間にもウンコをおいしいと思える味覚があれば、世界的な食料問題も解決し、地球平和にもつながるのに、なぜ人間はウンコを食べることができないのだろう。









出典:BE-PAL (ビーパル) 2014年 09月号 [雑誌]
角幡唯介「ウンコについて今、悩んでいること」




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