2014年11月2日日曜日
山嶽にすむ美の神、「デワ」
〜話:小林秀雄〜
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東京附近の高山と言えば富士山だが、これは登って面白い山ではない。やはり八ヶ嶽が非常な名山で、富士に匹敵するほどの裾野を廻らし、草原から、森林地帯を抜け、岩に出会うという高山の代表的な形を備え、最高峯は三千米近くもあり乍ら、わが国で一番高い鉄道駅から、ぶらりと楽に登れるのが何よりで、私は、飽きず何度も行った。弁当の殻だらけの北アルプスの尾根道を歩いたり、買いたてのピッケルを携えて谷川岳などで馬鹿をみるより余程ましなので、人にも勧めている。
或る時、もう十一月の初めであったろうか、友達と一緒に、早朝、富士見の駅を下りて眺めると、八ヶ嶽の山頂は、初雪で真っ白であった。その日は夏沢温泉まで行って一泊する積りでいたが、つい暢気(のんき)な歩き方をして、意外に時間を費し、夏沢近くになって、近道をしようと本道を離れた。やがて雪は小径(こみち)を消し去り、登るに連れて深くなる。夕闇は迫って来る。恐らく近道は失敗らしい。
引き返すのも業腹(ごうはら)で、熊笹の中を、ガサガサと一直線に登って行くと、熊笹の中からポッカリ浮び上る様に、不意に足下に現れた雪で化粧した、すさまじい急斜面を見下し、一同息を呑んで、立竦(たちすく)んだが、真っ白な火口の正面には、三角形の赤嶽が、折からの夕陽を受け、文字通り満身に血潮を浴びた姿で、まるで何かが化けて出た様に、ヌッと立っていた。口を利く者はなかった。お互に顔を見合わせ、めいめいが、相手の顔に自分の蒼(あお)くなった顔を感じた。
やがて気を取直した深田久弥君が、仕方がない引返そう、カンテラはあるし、今夜は月が出るし、ゆっくり本道を登る事にしよう、と言うのに私は賛成した。山に馴れぬ今日出海君とK君とが同行していたが、非常な衝撃を受けたらしく、今君はすっかり昂奮して了っていて、火口を巻いて硫黄岳へ出ると言ってきかないのを、やっと宥(なだ)め賺(すか)し、茫然としているK君を促して、引返しにかかると、今度は、K君の足が利かない。膝も腰もガタガタになって了ったらしく、それに草鞋(わらじ)の裏が凍ったせいもあり、歩いたと思うと尻餅をつき、その度に、異様な悲鳴を発した。
それから間もなく、今君の家で、当時の話が出た。今はもう逝(な)くなったが、白髪童顔の今君のお父さんが、傍で、私達の話を聞いていた。今君のお父さんという方は、クルシナ・ムルテを中心とするセオソファーの団体の一員で、現世などには、とうの昔に興味を失い、野菜ばかり食べて、今から何千万年前だとか後だとかいう様な事を、まるで近所の噂でもする調子でいつも話している一風変わった人であったが、あの時の奇怪な印象は、一体どういう事なのだろう、という私達の話をニコニコし乍ら聞いていて、そりゃ「デワ」だ、「デワ」がちょいと出たんだよ、と言った。
「デワ」というのは、美だとか芸術だとかを司(つかさど)る神様だそうで、山嶽地方に好んで棲んでいるのだそうである。
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出典:小林秀雄「栗の樹 (講談社文芸文庫)」
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