2015年2月8日日曜日

ヘリスキー in Last Frontier


「ようこそ! Last Frontierへ!」

スキーヤーなら誰しも憧れる「ヘリスキーの聖地」ラスト・フロンティア。世界各地からここカナダ北西部の奥地に人が集まってくる。なぜ、それほどまでに人々を魅了するのか?

体験するしかない。



テレマークスキーヤー、上野岳光は言う。

「まず、ヘリスキーと言われれば、どんなことをイメージするだろうか? パウダー、ノートラック、オープンバーン...、いろんなイメージが言葉となって出てくるが、確かに全てがここにある。むしろ、それ以上に、だ。私自身もさまざまなイメージを膨らませていたが、Last Frontierは、思い描いていたイメージを気持ち良いぐらい呆気なく超えていった」

上野は続ける。

「鼓膜が痛くなるほどのエンジン音。そのマシーンが目の前から去っていったあとには静けさが訪れ、遠くには山々が連なり、眼下にはノートラックの雪面が唐突にあらわれる。ピークに立つと、数百メートルも続くオープンバーンが広がっている。森林限界を超えているがゆえに対象物が周囲にはなく、距離感やスピード感がつかめない。そんな中を単独で滑るとなると、少し恐怖すら感じてしまう」



カナダとアラスカの国境にまたがるラスト・フロンティア。ヘリスキーエリアとしては世界最大の広さを誇る。バンクーバーからスミサーズへ飛行機で飛び、そこから専用バスに乗り換えておよそ4時間。最寄りの町までは180km。まさに辺境の地。ラスト・フロンティアの名にふさわしい。

上野は言う。

「地図を見ると、すべての滑走ラインに名前が付けられている。おもしろいライン名やへんてこなライン名がたくさん書かれている。ラインの数を数えてみようと思ったが、あまりのラインの多さにすぐ諦めた。相当ヒマでなければ、そんなことは到底できない。目の前には真っ白なノートラックが延々と続いている。自分の思いのままにターンを刻むことができる。惜しげものなく雪を蹴散らしてどんどん滑る。どこまでも滑る。後に自分のヘッドカメラの映像を確認したところ、口笛を吹きながら滑っていた自分自身がいた」

Last Frontier Heliskiing社は、ほかのヘリ会社とは大きく違うという。

「まず、ひとつのグループがわずか5人と少人数であること。したがって、まず間違いなく毎回ノートラックの斜面が待っている。かつ飛ぶ回数は多いときで20回にも及ぶ。パウダーの海を延々と滑り、深い充足感と疲労感に包まれてロッジに戻れば、バーで一杯ひっかけるのも、ジャグジーやサウナで疲れを癒すのもお好きにどうぞ。世界中から集まったパウダーフリークたちと一緒にすごす時間は、まさに大人の社交場。食事も驚くほど美味しい」



柳沢純は、ラスト・フロンティアのヘリスキー・ガイドとして14年のキャリアをもつ。

柳沢は言う。

「ヘリスキーは日本人の感覚からすると”遠いおとぎ話の世界”という感覚ですよね。僕自身、世界の主だったヘリスキーの記事を何度も雑誌に書いてきましたけど、実感を伴って伝えることには、つねに歯がゆさがつきまとってしまいます。だからもう諦めました(笑)。これは本当に、”やってもらわないと理解してもらえない世界です」

アメリカやヨーロッパの広大なスキー場を滑ったことがある人ですら、「ヘリスキーの感覚の1割もわからないだろう」、と柳沢は言う。

「ヘリコプターを気軽に遊びで使ってしまう、その感覚も理解しにくいし、ましてエンジンものを自然の中に持ち込んで遊ぶということに抵抗感をもつ人もいるでしょう。でも北米では、”自然の中にエンジンものでガンガン攻め入って行く”というマッチョな遊び方に躊躇しない。それに、それをやっていい場所、権利というのはきちんと用意されているんです」

そうしたメンタリティは、日本人には稀薄であろう。日本人のなかには、ヘリスキーと聞いただけで眉をひそめる人たちもいる。「自分の足で登ったぶんだけ滑る」という楽しみ方のほうが、日本人の根底にはある。

柳沢は言う。

「日本の人は”自然に対するモラル”があるのだと思います。そのモラルのスケールの基準が違うんでしょうね。僕はヨーロッパに行ったときに、日本や北米のスキー場とは違うなと感じました。日本と北米のスキー場は規模が違うだけで一緒なんですよ。基本的にはスキー場という場所を造成してそこを滑る。ところがヨーロッパのスキー場は山にゴンドラをかけて『はい、どうぞ』。誰でも行っていいですよ、と。でもそっちに行くと危ないですからね、一応マークはしますよ、と。行っていけないわけではないけれど、行ったら死ぬかもしれませんよ。それでも滑りたいならガイドを雇いなさいよ、と。何かあったら救助もしますけど、保険に入っていたほうがいいですよ。そういう明確な放任主義です」

北米や日本のスキー場は”囲われている”。だがヨーロッパの自然環境では、とてもスキーヤーの行動を囲いきれないという。



柳沢は言う。

「もともとヘリスキーを考えたのはオーストリアのガイドが、カナダでスキーのツーリングをやっているときに、ヘリを利用して木の伐採をやっているのを見て、あれを使って山の上に自分たちを落としてくれたら随分いっぱい滑れるよね。そうだね、じゃあやろうか。というところから始まったわけです。それはもう、ヨーロッパの”なんでもあり”の発想なんですよ」

そうしてカナダの山々を、ヨーロッパ・アルプスのガイドたちが開拓していったという。

「もともとヨーロッパ・アルプスはそんなに雪の降らないところだから、パウダーを滑れるということはかなりラッキーなこと。クレバスもありますから、3~4kmという距離をずーっと何も考えずにパウダーを滑るなんてことはあり得ません。だから、このカナダのヘリスキーを覚えてしまったら、もう夢の世界なんですよね。パウダーを嫌というほど滑れる。もう無理だ!というほど滑れる」



ヨーロッパの人はパウダーに飢えている。モンテローザからヘリで降りてきても、パウダーを滑る時間はさほどではない。クレパスに注意しながらトラバースを延々とやって、降りてきてみたらパウダーを滑っていた時間はごくわずか。

一転、カナダには広大なパウダーがあふれている。

柳沢は言う。「山の奥のほうにヘリで降ろしてもらったとき、ひとつのピークに登って360°眺めると、『うわ、まだこんなにあるんだ...』って。今からいくら頑張って滑ったとしても、『人生を3回くらい使わなければ、いま見えている範囲を滑るのは無理だよね』っていう感じですよね。もう無力感しか感じられなくなってしまう」



とはいえ、ヘリスキーへと踏み出す、その一歩の敷居はとても高い。

柳沢は言う。

「口で『いいですよ』と言っても、実際に動いてくれる人はそういません。でも1回に払うお金は確かに高いかもしれないけど、足で登っていたのでは一生すべれない距離を軽く滑れてしまうんです。たとえばウィスラーで一日3本滑るとして、いま900ドル。1本あたりの単価は300ドル。だけどラスト・フロンティアだと一週間で10万フィート。平均で50本。豪華な宿と食事つき。そう考えると、一本あたりの単価は遥かに安くなります」

柳沢は続ける。

「僕が一番日本の人に伝えたいのは、ヘリスキーというアクティビティだけではなくて、そういう時間の使い方。一週間という時間を同じ空間で過ごすという時間の共有みたいな感覚はなかなか味わえません。そこで流れる時間を楽しむ。それは日本の中では体験できない世界だと思います。僕が初めてやったときは、感動を超えて腹立たしさを感じました。『どうして今まで誰もこういう世界があることを教えてくれなかったんだ!』って。だから、一回は体験してみて欲しいなと思います。スキーにはこういう世界もあるのだということを、体験してもらいたいですね」













(了)






ソース:ソウルスライド2015 (SJセレクトムック)
至福のスキー「ラスト・フロンティア、ヘリスキー」



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