2015年6月15日月曜日

山中の幻覚・幻視



〜2015『岳人』7月号より〜




 富山湾を出発し、北・中央・南アルプスの名だたるピークのほぼすべてをたどり、駿河湾に至る、日本アルプス縦走のフルコース。そんなコースを舞台に、2年に一度、日本一過酷といわれる山岳レース「トランス・ジャパン・アルプスレース」が開催される。移動総距離は415km、制限時間は8時間。






 レース中の睡眠時間は毎日3時間程度といった選手も少なくない。3日目を過ぎると、かなり疲労が蓄積してくる。レースが後半に差し掛かり、疲労がピークに達すると、多くの出場者は幻聴や幻視に悩まされる。レースの名前はそちらの「トランス(変性意識状態)」の意味ではないかと口走る出場者もいるほどだ。具体的な体験では、

「女性パーティの話し声や、ラジオの野球中継が聞こえる」

といった比較的ライトなものから

「ないはずの山小屋」
「石や木に人の顔やお経が浮かんで見える」
「隣を女子高生が歩いている」

という重度のものまで、出場者たちの「あるある」として口々に語られている。こうした幻覚は、疲労が溜まる夕方や夜間、岩稜や樹林帯など単調な景色の中、会話もなく単独行に近い状態など、「脳にとって低刺激の環境下」で起きやすいという。脳科学の分野では、脳の防衛本能の働きとして知られている事例だ。脳は極度に疲労した状態になると、岩のくぼみや茂みの音といった小さな要素からも、自分の期待する架空の像や音を拾い出すと考えている。






引用:『岳人』2015年7月号
「日本一過酷な山岳レース」出場者に学ぶ




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